大太鼓

今日大太鼓ワークショップやってて再確認したけど、
やっぱ大太鼓の本質はひたむきに打ち込む事かなー。

その人の歩いて来た道が見えるような、
ひたむきでまっすぐな打ち込み。

もちろん太鼓全般に言える事だけども、
大太鼓は特にそれが顕著な気がする。
過度な振り付けで装飾され、無理やり短い制限時間の中に展開を押し込めたコンテスト向けの大太鼓演奏にどうしても意味を見出せない。

あ。これはコンテストにでてる人を否定する意図ではなくて。そもそもの大太鼓コンテストってモノの存在意義への疑問って事です。
頑張ってる人を否定する気はさらさらないです。むしろその熱量自体は凄いと思う。

審査する側の立場からみれば審査基準がハッキリしてた方が良いってのはよくわかるんだけど、
それって大太鼓をつかって競い合うべき物なんだろうか?

経験則からいくとライブや仕事の現場でそういったやり口で打っても全く観客に響かない事が多い。

なぜかと言うと見てる人の気持ちやその場の空気を全く置き去りにしてる自分一人の演奏だから。

コンテストでしかウケ無い、受け手を置き去りにする演奏組み立て技術に何の意味があるのか。

大太鼓ってひたむきに太鼓と対峙して初めて良さの出るモノだと思うんだけどな。
身体表現するってのは振り付けするって事では無いと思うんだよなぁ…

ま、まだ死ぬほど練習だなー。笑

0コメント

  • 1000 / 1000